2011年12月11日日曜日

おじいちゃん

12月11日(日)納骨の日。

今までは、なんとなくおじいちゃんがまだ家にいるような気がしていた。

「男は強くあれ。泣き顔を見せちゃいけないよ。」

優しく、厳格なおじいちゃんの写真がそう物語っているような気がした。





「でもそれは僕には簡単なことじゃないよ。」

もう30歳になったというのに、ぜんぜん大人じゃないし、だらしないし。

こんなんでいいのかな?と仏壇の前で手を合わせ心の中で自分に問う。

納骨式の日はおじさん、おばさんに孫が集まり会食し、おじいちゃんの話をした。





おじいちゃんは終戦後、警察官となり、働きながら夜学に通い大学をでた。

人一倍の努力家で難題な事件も解決し出世した。

当時は鬼の武藤で有名で、大きな事件となると玄関前までマスコミが押し寄せたそうだ。

その環境で育った娘4人は警察官の嫁にはなりたくないと口合わせて言っていた。

おじいちゃんの前妻、つまり僕のおばあちゃんは33年前に病気で他界した。

その時、おじいちゃんは61歳。死に目に会えなかったそうだ。

きっとものすごく辛かっただろう。

人にも厳しかったが、自分にも非常に厳しかったため、毎日の筋トレは定年後も欠かさなかった。

68歳で再婚し、僕は今おばあちゃんと二人で生活している。

おじいちゃんは94歳でこの世を去った。

今とは大きく違う時代に育ち、戦争を経験して、貧しかった日本から、豊かな国へ変わる

そんな時代に力強く生きた人だ。

優しかったおじいちゃん。

不意に今日が本当のお別れなんだと実感した。

一つだけ約束できるのなら、これからおばあちゃんを大切にするよ。

「さようならおじいちゃん。」

2011年12月6日火曜日

make

僕は何かを作っている時間がとても好きだ。

幼少期に一日中作っていたLEGOを買ってみた。

現代のLEGOはとてもリアルでかっこいい。

なにより作っている時間集中してLEGOのことしか考えない時間がまたいい。





スノーボードに貼る大きめなステッカーを探していたけど、

自分好みなのが見つからなかったので、自分で作ることにした。

久しぶりに定規やコンパスや分度器を使った。

この下絵をPCに取込んで自分が撮った山の写真をコラージュする。

またこれも骨の折れる作業だ。

うまくできたら欲しい方には差し上げます。

できたらUPしますね!!


2011年11月14日月曜日

Picnic Party


1/13(SUN)@小仏城山

ヒロアキ君がずっとやりたいと言っていた、裏高尾でのピクニックが開催された。

皆ザックには、お酒や食べ物がわんさか入っている。

大人のピクニックとなると、ジュースはビールに代わり、

おやつはおつまみへと変わる。

300円ではとてもきかない。

ガイドしてくれたルートは高尾山とは思えないほど手つかずの自然が残っていた。

杉の間からさす優しい太陽の光。

生い茂った苔に、大きな落ち葉。

すれ違う人もほとんどいない。

本当にこれが高尾と思うほど。

ルートは短かったけど、皆満足していた。

汗をかき、息がきれて、足が重くなる感覚や、滑って上手く歩けない感じ。

澄んだ空気に、登頂の達成感。

山独特の感覚を皆感じたと思う。大成功だよ!!

 ピクニック開始と同時に、皆持ってきた料理やお菓子、がレジャーシートの上に並べられ、

人はその周りを囲むニュースタイル!!




おでん、おにぎり、肉巻き、から揚げ、、、、、、etc

ビール、白ワイン、、、、

ピクニックとは思えない豪華さ。。どれも本当に美味しかった。

飲んで食べて、話が盛り上がった。。









帰りはナイトトレッキング。

つーか僕これロバじゃない??。

本当に楽しかった。皆さんまた山登りましょう。。

2011年11月6日日曜日

This week


11/3(THU)@うすい会

上福岡のうすい邸にて定期的に開催されるBBQParty!!

といってもただのBBQではない。

日本BBQ協会のインストラクターであるうすい君がこれでもかと

おいしいBBQ料理を振舞ってくれる。

皆でわいわい青空の下で贅沢な時間を過ごした。

ここでは出会いがある。

いろんな人たちがいろんな場所から集まる。

皆とてもいい人たちで気兼ねなく話し、ゆったりした時間が流れた。







11/5(SAT)@はらっぱ祭り

武蔵野公園で行われるこのお祭り。

レジャーシートをしいて、地べたに座って、酒飲んでバンド聞いて♪

久しぶりの再会もあり、本当に楽しかった。

子供は本当に癒される。。









11/6(SUN)@my home

日曜日に祖母に男の料理を振舞う約束をしていた。

祖母は肉が食べられないため、今回は金目鯛をセレクトした。

魚屋で魚を選ぶ時間が僕は好きだ。

今回はヘルシーで男らしい鍋料理。

すだち
カブ
豆腐
金目鯛

昆布
みりん
薄口醤油

やくみは、ネギと柚子湖沼。

とてもシンプル。

祖母が喜んでくれた。。


楽しい一週間だったな♪

2011年10月29日土曜日

秋の遠足




10/22~10/23

那須の実家にじゅん君、まぬちゃん、ヒロアキ君が遊びに来てくれた。

地震で壊れたしまったピザ釜を親父が作りなおした。

二層式の釜で煙突がついているため燃焼率が高く温度調整に優れるかっこいいピザ釜だ。。



あいにく天気は雨、でもこの陽気な面子で盛り上がらないわけがない!!

ビールに白ワインに赤ワインに。。。。。そしてヒロアキ君のナイス選曲♪

一人一枚ピザを作って誰が一番美味くできるかの真剣勝負。。

ピザ生地の厚さ、トマトソースの分量、トッピングする具、ブラックペッパーやハーブやオリーブオイル等

本当に少しの違いでだいぶ味が変わる。。





今回はまぬちゃんがチャンピンかな。。

おめでとう。。とても美味しかった




その後近所の地ビールを飲みに行き、そして那須山温泉へ。。

露天風呂がなかなかよかったな。

夕食は、BBQ。最近親父の周りで流行っているこの串刺しスタイル。

肉の脂が炭に落ちないのと遠火の強火で焼けるのですごくジューシーで美味しかった。

これは是非真似したい。




その後焚き火して僕はいつものごとく撃沈。。


翌日、完全な二日酔いで、皆をたたき起こし那須連山登山へ。。

自分の運転で車酔いしました。。笑

もうなにしろ気持ち悪くて気持ち悪くて登りが辛い。。。。

何とか途中の峠の茶屋で酒が少し抜けて朝日岳→三本槍→茶臼岳を縦走できた。







楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

秋の遠足終わり。。

2011年9月25日日曜日

夏休みの宿題


アルプスで過ごした夏休み。

僕は自分に宿題を出した。

課題を一つノートに書き、それについてそのとき思いついたことを

このノートに書き込んだ。

その課題は、「どうするのか?」

この漠然とした課題を真剣に考える。一見ばかげているが、

これがやってみると意外と楽しいものである。




「どうするのか?」

一人自然に入ると、いろんなことを考えて、

自分の中で考えを整理できるとても有意義な時間が過ごせる。

一人自然に入ると僕は気取らない自然な僕でいられる。

好きな時間に好きなだけ行動し、食事を取るのも寝るのも自由だ。

でも無理はしない、自分の限界を超えることは一切ない。

それは、大げさに言えば日常では感じない「生きること」を肌身感じているゆえの行動なのかもしれない。

それがどうだろう。都会での生活は、便利さゆえに自分の限界を超えてはいないだろうか?

残業、睡眠時間の短さ、休日出勤、、、、、、etc

それは仕事だけじゃなくて遊びの面でも。

自分の力だけではできないものが便利さゆえに可能となり。

またそれが当たり前になっている。

便利とは人間のエゴになりつつあるのではないか。

僕はそれにとても違和感を感じているんだ。

いままで人の手によってたくさんのものが産み出された。

でもそれ以上に、たくさんのもが殺されている。

地球は人間だけのものではない。

人間は自然によって生かされているだけだ。

その自然を殺していいものだろうか。

答えを、核までもない。

僕は自分の意思で行動したいと思う。

終わり。



2011年9月12日月曜日

3000 - 1 = ???

9月7日~9月9日 東京 → 剱岳 →富山

出発前日、4時間位で東京から剱岳の登山口の室堂まで行けると思い込んでいた。

実際には、始発で電車に乗っても、室堂到着はPM3:00、

そこから剱沢山荘まではルートタイムで4時間。

これは遭難一歩手前の到着時刻。遅すぎる。

あせりと共に冷汗をかいた。。。。

朝一の飛行機のチケットをとってくれた親には頭が上がらない思いである。笑

富山空港からバス、富山電鉄、ケーブルカー、トロリーバスを乗り継ぎ到着した室堂は、

半袖では肌寒かった。




途中、知り合ったベルリン出身の旅行者MARTINと仲良くなり、いろんな話をした。。

彼は一週間かけてこれから穂高まで向かうという。。

穂高の写真を見て日本を出国する前に実際に目にしたいと今回のトレッキングを計画したそうだ。。

別れ際にベルリンに遊びに行く約束をした。


別山乗越までの道のりはとても気持ちがよく、山肌は緑色の這松に覆われ、そこから見える空は、

鮮やかな水色で、まるで子供が絵具で描くようなピュアな絵のように感じた。

友人が富山の山はいいよ。といっていた理由がすぐにわかった。

剱沢山荘までの道のりはとても穏やかな登山道が続く。

ビールと酎ハイを山小屋で買いテントを組み立てて食事の準備。

ここは振り返れば別山、目の前には明日登る剱岳が拝める最高の見晴らし。

剱はとてつもなく大きな岩であることが見てわかる。

かなり勾配がきつくここからだと目視でルートが確認できなかった。





明日はAM4:00に出発予定。19:00に床に就いた。

24:00頃にトイレに行きたくて目が覚めた。

テントを出ると風が強く、耳がちぎれるような寒さ。温度計は5℃。

ここは豪雪地帯のため厳冬期は-30℃にもなるそうだ。

空を見上げると無数の星と月がとても近くにあった。

AM4:30出発



噂どおりの難所が続く。。硬いようでもろい岩場。

途中関西の元気いっぱいの女の子二人組のクライマーと仲良くなった。

最近北アルプスを登りまくっているそうです。。頼もしい!!

こういう高度感の感じる岩場は僕の大好物である。体のそこから沸騰する何かを感じる。






山頂は少し混んでいたけど、ここから見える富士山、先月登った北アルプスの山々、そして日本海
どれも絶景だった。



こういう山は単独だと登頂した喜びは、無事下山してから沸きあがることがわかった。

岩を登ったということはその岩をまた下らなくてはならない。笑

下山道も期待を裏切らないスリリングな岩場が続く。。


剱沢山荘のテン場で振り返った剱岳はとても偉大で、自分がここを無事に登れたことを感謝した。

荷揚げするヘリを見て一つ確信したことがある。

「僕は車ではなく、ヘリが欲しいのだと」笑



下山道途中にある雷鳥温泉は熱くて湯に入るのにとても苦労しました。。



今回の旅はこれで終わりじゃない。
富山の町を一人楽しむようもう一泊する計画がある♪



友人お奨めのホテルは満室で入れなかった。次は予約して行こう。

平日だというのに、駅前のホテルも満室で、結局ダブルの部屋しか空いていなかった。。

余計にに寂しいわ!!笑


 気持ちを立直し、日本海の海鮮が楽しめる居酒屋へ。

この一杯のために帰りのバスも電車もビールを我慢していた。

注文したビールを受け取ったと同時に一気飲みして「もう一杯!♪」

店員も周りの客も笑っていた。

県外から当てもなく来たというと、皆良くしてくれた。

そして若大将は、富山お奨めの料理をふるまってくれた。

刺身も白エビも、日本酒も本当に美味しい♪





ホタルイカおかわり♪





二件目は、少し音楽も聞きたいのでJazzBarジェリコの戦いへ。

このBarはじゅうたん張りのスーツ姿の店員と客層。。。

マイルス・デイヴィスの曲がながれていたが、

あきらかに僕の存在は浮いていた。。ジェリコの戦いに敗れ、一杯飲んで退散した。

そこから桜木町など歩き回って、現地の人に聞きまわり見つけた一軒

中嶋


マスターの作る料理とオリジナルの日本酒は本当に優しい味で美味しい。

とてもこだわりを感じる。


ブラックラーメンはこんなに黒いのにスープまで美味しく飲める。





そして剱岳の歴史を詳しく教えてくれた。

とても優しい人だった。この店に来て富山に来て本当によかったと思った。

富山は日本海もあり北アルプスのダイナミックな山も有り、美味しい海鮮に優しい人々。。

ほんわかした富山弁もいい感じだ♪

近いうちにもう一度くると約束した♪

P.S

タイトルの3000 - 1 の意味は、剱岳は2999mで3000mに1m足りません。

でも山の高さより、山はその工程を楽しむものだと思いました。

よく歩き、よく食べ、よく飲み、よく話し、よく笑った。

非常に濃厚な2泊3日の一人旅でした。

帰りの早朝電車で一杯やりながら駅弁を食べたのは言うまでもない。


長文読んでくれてありがとう♪